逆輸入版の禅、マインドフルネスを通じて感じたありのままのこと

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ここ最近、禅という思想に興味を持つようになった。僕は、いわゆる逆輸入版の瞑想でマインドフルネス瞑想というものを通じて禅に触れた。『Googleの研修で取り組まれている』だとか、『スティーブ・ジョブズもマインドフルネス瞑想に傾倒していた』という話を聞いて、やってみたくなったミーハーな輩だ。

始めてから4ヶ月が経ったが、何か変わったのかと言えば身体的なことや特殊能力が備わるなどということはほぼ無い。むしろ、特別なことは何一つないように感じている。しかしながら、僕は今後もマインドフルネス瞑想を通じて禅の思想に触れていくつもりだ。今日は、瞑想でお世話になった講師の方や書籍で心に残った言葉と自分の経験を振り返ってみようと思う。

僕がはじめて行ったマインドフルネス瞑想の講師の方にはこんなことを言われた。
これだけ物質的に豊かな国にいる日本人の幸福度が低いのは過去と未来に囚われすぎていて、今を見ていないからです。マインドフルネスとは瞑想(呼吸)を通じて今ここにいる自分にフォーカスしていくことなんです。思考や感情に邪魔をされたら、評価や判断を加えずに『あっ、また考えた…』という程度にとどめて呼吸に意識を向けるトレーニングをしてください。1日10分、週5回程度。朝でも寝る前でも構いません。それが習慣化できるようにしてください。
このお話を聞いた時、『それで何が変わるの?』と感じていた。後になって知ったことだが、心理学用語でこれは感情のメタ認知というものらしい。わかりやすく言うと、感情に左右されないように自分を客観視できるようになるトレーニングのようだ。
別に瞑想なんてしなくても、感情との向き合い方がもともと上手な人もいる。でも僕はそうではない。だからこそ必要に感じた。僕の知る多くの人は感情との向き合い方が下手だ。飲みに行けば何年も前のことで思い出しギレをするおじさんや、酒のすすむままに負の感情を撒き散らす人は結構多く見かける。それが負の感情との向き合い方なのだろう。数ヶ月前までは僕自身がそうであったはずだ…
瞑想を始めてからの変化はと言えば、僕はほとんど酒を飲まなくなった。飲んだ次の日は朝が辛くなるし仕事に手がつかない時も多々ある。にもかかわらず、ほぼ毎日晩酌をしに近場の飲食店に足を運んでいた。今は、仲の良い飲食店経営者の方に会うためであったり、仕事の会食程度でしか行かないようになった。特に我慢しているというわけでもないし、そこに不満も感じなくなった。
もう一つの変化の方が大きいかもしれない。
僕は40歳。実は、30歳頃から片づけられない症候群状態にあった。家に人を招き入れるどころかとても見せられないレベルだった。『部屋を片付けよう』と思ってもそれができない…良い歳の大人が、子供でもできる簡単なことが本当にできなかった。賃貸契約の2年が過ぎる頃には、自分が住んでいる部屋が嫌になって、別の部屋に移り住むということが習慣化していた。
現在の自分はといえば、気がついたとき片付けるようになった。だから部屋は整頓された状態を保てるようになった。マインドフルネスと部屋の片付けにどんな因果関係があるのか、本当にその影響があったのかどうかはわからない。人によっては『コロナ禍で家にいる時間が増えたからでしょ?』と思う方もいることだろう。だだし、つい4ヶ月前まではこんなに片付いている部屋に住んでいる自分が考えられなかった。
その線路には、始まりも終わりもありません。始まりのない、終わりのない線路です。そこには出発点というものはありません。そこで得るものもありません。線路の上を走るのが、私たちの修行なのです。それが私たちの禅の修行の性質です。(出典:禅マインド ビギナーズ・マインド 鈴木俊隆 著)
ここだけを切り抜いても少々、何が言いたいのかわかりにくいかと思う。だたし、これが核心であると僕は理解している。何かを得ようとして座禅をするのではなく、自分と向き合うことを習慣化していくことが禅の修行であり、その道に終わりはないということなのだろう。
仕事であれ、習い事であれ、スポーツであれ、このマインドを失った瞬間に道は閉ざされてしまうものだと。ある程度の年齢を重ねると、仕事にせよ対人関係にせよ、日常生活であっても、この”ビギナーズマインド”を失ってしまい勝ちだと思う(少なくとも僕はそうだ)。だからこそ、講師の方は習慣化しないことには意味はないと伝えてくれたのだろう。瞑想そのものというよりは、日常生活にそのマインドを活かし続けることで意味があることなのだろう。
以上が僕がこの4ヶ月で感じた禅のマインドだ。4ヶ月間にしては少し薄っぺらい気もするし、禅のマインドはたった4ヶ月の経験で語れるものではない。ただシンプルに続けていくことに意味があるのであろう。

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